生母による虐待、いじめ、未亡人、交通事故、リストラ、いろいろあって、今は主婦作家を目指す、アラフィーです。


by chiyoko1960

ダウン症の妹と私の娘

十日間お預かりしていたダウン症の妹が実家に帰った。コミュニケーション能力のない妹は、働く場もなく、引き取ってくれる施設もなく、ずっと年老いた両親とくらしている。突然両親が二人とも死んでしまったら、妹はどうするのか。

とりあえずは我が家で引き取る。旦那にはそれは覚悟してもらっている。

娘にとっては体の大きな妹ができたようなものだ。

独りになりたい妹を付回してからかったり、人のタオルや歯ブラシを使おうとする妹を叱ってくれたり、妹のほうも歩いていて道草をする娘を心配そうに見ていたり、実に自然なのである。


娘には、特に妹に優しくしろとは言っていない。娘の成長過程において、障害者がいることに抵抗を感じることもあるだろう。そんなときは無理をしないで遠巻きにしてくれていい。

それでも、障害者を知らずに大きくなった人間よりは娘は幸せだと思う。


障害者が暮らしやすい世の中にするには、子供のうちから障害者に接しているのが一番だ。とにかく『慣れる』ことである。


『子供は純粋だ。障害者を見れば『どうして?』との疑問を抱くが、その疑問が解消されれば分け隔てなく接してくれる。・・・その疑問を心に残したままにすることが、、障害者に対する『心の壁』となってしまうのだ。』(『五体不満足』より)


妹と歩いていると彼女を不思議そうに眺めていく子供がいる。その子が母親に『あの人少し変だよ』と言ったら、母親はなんと言うだろう。

叱ってしまうと、そこで障害者とのつながりは絶たれてしまう。『心のバリア』は大人が作っているんだよね。いいんだよ、質問して!


養護学校ができて、クラスに必ず障害者がいるという状況がなくなった。いじめや校内暴力が問題化したのはそれ以来・・・のような気がする。

『目の前にいる相手が困っていれば、何の迷いもなく手を貸す。常に他人よりも優れていることを求められる現代の競争社会のなかで、ボクらはこういったあたりまえの感覚を失いつつある。』(『五体不満足』より)

障害者も老人もいじめられっこも男も女も、誰もが誇りを持って生きる社会をつくるためにも、教室に障害者がいることの意味は大きい。せめて能力差の少ない低学年のうちは、一緒のほうがいい。体育の授業が小さいうちは男女が一緒であるように。

『五体不満足』の乙武さんが杉並の小学校に赴任された。彼の願いをかなえるには一番いい職業だと私は思う。


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by chiyoko1960 | 2007-04-08 10:39 | 好きな本