生母による虐待、いじめ、未亡人、交通事故、リストラ、いろいろあって、今は主婦作家を目指す、アラフィーです。


by chiyoko1960

文学賞予選だけ通過作品(5)

   坂  道   第五話


 学生寮に戻っても、信子だけに向けられた範夫の、爽やかな声と労わるような笑顔は、彼女の瞼の裏側から容易に離れなかった。
 ああ、きっと好きになってしまったんだなあと認めると同時に、いや、自分はボーイフレンドを作るために、社会福祉研究会に参加しているわけではないのだという当初の固い誓いを思い起こし、この次に範夫に会っても決して浮ついた表情を見せないように気をつけなくては、と信子は新たに自らを戒めるのだった。
 そんな彼女の密かな決意など全く知る由もない範夫は、翌週の会合の後信子にまっすぐに近づいてきた。
 身構えた彼女に親しげな笑みを向けて範夫が口にしたのは、楽しいデートではなく、お堅い集会へのお誘いだった。
「来週の日曜日に、代々木公園で部落差別糾弾の集会があるんだけど、君も参加しない?」
「部落差別糾弾の集会、ですか?」
 いわゆる学生活動家達の集まりに、彼女も加われというのである。信子は返事に詰まった。
 正直言って活動家は好きではない。というか彼らの闘争の仕方に彼女はずっと疑問を持ち続けていた。成田空港反対闘争がピークだった頃、信子は成田線を利用して高校に通う学生だった。踏み切りに細工をされたり鉄橋に火炎瓶を投げ込まれたりで、そのたびに乏しい通学の足を奪われ迷惑を蒙ったというのもある。
 だがもとより彼女は、集団で何かをするということが苦手だった。活動家の集会なんて、みなで同じせりふを繰り返し同じ時間と空間を共有して連帯した気になっている、そんな印象しかないのだ。
 一頃の派手な学生運動は下火になっていたが、一部の活動家はその目的を政治闘争から権利闘争に変えて、相変わらずヘルメットとゲバ棒で武装する集団として生き残っていたのである。
 社会福祉研究会にも、範夫を始めとしてそういう活動家たちが出入りしていて、サークルは仲間を勧誘する場として利用されていた。○○は白ヘルだとか、△△は黒ヘルだとか、そんな噂話も耳に挟んだことがある。
 信子はかかわることを避けていた。もっとも彼女は他校の女子大生だったので、権利闘争などにはお誘いもかからないだろうと高を括っていたのだが、何を勘違いしたのか範夫は嬉しそうに勧誘を試みるのだ。
「えー、休日は洗濯とか読書とかもしたいので」
 信子が歯切れも悪く答えると、範夫は優しげな笑顔を崩さないまま、得意げに説得を続ける。、
「介護活動だけでは本当の差別問題は見えてこないと思うんだ」
(何を言ってるんですか?)
 信子は心の中で猛然と反発した。
 私には障害者の妹がいるんですよ。障害者の問題なんて、子供の時から向き合ってきてますから。素人扱いしないで下さい。
                                     (つづく)                                    
 
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by chiyoko1960 | 2009-10-16 14:59 | マイセルフ