生母による虐待、いじめ、未亡人、交通事故、リストラ、いろいろあって、今は主婦作家を目指す、アラフィーです。


by chiyoko1960

カテゴリ:社会への一言( 11 )

婦人公論10・7号で、家族で「うつ」に立ち向かうという特集がありました。
イヤ、ウチは全然関係ないんですけど。

ある相談のケースは、旦那さんが自殺未遂、以後奥さんが一人で家計を支えていて、
ローンや大学進学を控えた子供の学費の捻出に悩んでいるというもの。

「ツレがうつになりまして。」の作者である細川てんてんさんは、夫には期待しないで開き直ると回答。

ご自身が「うつ」を克服中の映画監督(ぐるりのこと、など)の橋口亮輔さんの回答は、
この不況時代、一般の親達にも是非参考にしてもらいたいものでした。引用します。


学費のことにしても、子供に事情を説明し、奨学金で進学するか、進学を諦めて働くか自分で考えてもらうように促せばいい。いずれにしても、今まであった生活を維持し続けることは難しいのですから、その事実を受け入れて、次の策を考えるしかないのです。


これには勇気をもらいました、
なかなか言えないんですよね。

子供のお稽古事にお金がかかるからと働きに出て、
子供に寂しい思いをさせるなんて本末転倒してるよね、

とか、

本気で勉強をする気がないのなら、
無理して高校や大学なんかに行かないで働いたほうがいい

とかって。

不遇な時期を乗り越えた当事者だからこそ、自分にも人にも厳しくできるのかもしれません。
心から、頑張ってください、とエールを送れるのかもしれません。


私が未亡人になったとき、戦争をくぐり抜けた親は、泣き言を許しませんでした。
当時は鬼だ(笑)と思いましたが、そこに人生の先輩としての信念があったからこそ、
私は強くなれたのだと思います。



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by chiyoko1960 | 2009-09-27 09:57 | 社会への一言

メタボ検診

40歳から74歳の方に、ってことできましたね、特定健康診査。生活習慣病の前段階である内臓脂肪症候群の状態(メタボ)の人や予備軍を選んで、保健指導を行うというもの。

要するに、食いすぎて病気になる人のために、貴重な保険を使って、食いすぎるな、とか運動をしましょうとか言ってくれるだけという、有難い制度なのですね。検診を受けたからといって薬や治療法があるわけではないし。

地球上では毎日二万人以上の人が飢え死にしているというのに、自給率の低
い日本ではその自給率とほぼ同量の食料が廃棄されていて、自制心のない人
間が食いすぎて病気になって保険を使っているわけですよ。

『健康のため食いすぎに注意しましょう』、これだけのことを言うのに、お金使わないでくださ~い。

まあ、財源を管理している国がやるっていうんだから仕方ありません。私たち夫婦にできることは、そろってこの検診を拒否して少しでも国保財源の確保に努めつつ、食事をケチりたくさん歩いて余分な脂肪を消費することです。


今年の夏こそ水着も着たいし(ウエストより腰周りが問題な母)。


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by chiyoko1960 | 2008-07-02 15:20 | 社会への一言

エスカレーター

何かと移動の多い昨今、先日は関西方面に法事で出かけた。

話には聞いていたが、やはり東京のエスカレーターでは歩く人は右側通行で、大阪のエスカレーターでは左側を歩く人に譲っていた。東京と大阪の違いを実感して満足するついでに、名古屋ではどうなっているのだろうというしょうもない疑問が生じた。

誰か教えてください。

ところで私が住んでいる町の駅では、エスカレーターでの歩行は禁止である。ちゃんとステッカーが貼ってある。

もともとああいう器械というものは足の悪い人のためのものだから、歩かない人はどちら側に立ちましょうなどという常識はありえない。歩きたい人は駅ならばたいていの場合並行して設置されている階段を上ればいいのである。

小さな子供がエスカレーターに足を挟まれる事故というのも、子供は中央に立たせましょうという注意書きがあるにもかかわらず、無遠慮に駆け上がってくる大人に気遣う母親が、我が子をなるべく端っこに立たせようとすることも原因の一つだといわれる。

都心の、階段のない場所ならいざ知らず、子供連れがいるような場所では忙しくて足の丈夫な大人はぜひ階段を利用して欲しいものだ。

エスカレーターを歩くという習慣は、海外旅行帰りの人間が持ち込んだ文化だという話も聞くが、成田駅で遭遇した白人の集団は横に並んで立ち止まっていた

後ろについてしまって、歩きたいが何も言えない人々がイライラしているのを楽しく観察しながら、私は心の中で、

階段使えばあ~?

 とクレヨンしんちゃんの声で呟いていた。



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by chiyoko1960 | 2008-05-25 10:25 | 社会への一言

思いやりとは

父の死後、実家に行くと、ご近所の人から声をかけられる。

「何でもお手伝いしますから声をかけてくださいね」

大変ありがたい。ありがたいんですけど、大体そういう方々って、朝から晩までフルタイムで働いてたりして、助けて欲しくても声もかけられないのが現実。母も、戦前教育を受けた自主自立を重んじる人。大体亡父も、心臓が止まる前日まで自分で車を運転していたくらいだから、『SOS』を積極的に出せるような人間ではない。


私が女子大の寮で暮らしていた頃(かなり前の話ですけど)、ある老人から一枚の手紙がきた。

内容は、バスを使ってこの寮で降りる女子大生の方は、誰も年寄りに席を譲らない、というお叱りのお手紙。

その手紙を読んだ彼女たちの口から出た第一声が、


『譲って欲しいなら、そう言えばいいじゃない!』


同世代の彼女たちのこの言葉、今で言うなら『逆切れ』とも取れるこの反応に、私は若いながらも唖然とした。この人たちが今お母さんになって子供に『思いやり』を教えているのかと思うと、何をかいわんや、である。そこそこにレベルの高い女子大に通っていた学生がこれだもんね、という感じだ。

ちょっと想像力を働かせれば解ることだが、たとえば電車の中で優先席に座っているいかにも健康そうな若者だって、内臓疾患を抱えているのかもしれない、ということがある。やたらと譲ってくれと言うわけには行かない、やはり、こういうことは、親切をする側が積極的にその意思を表すべきものなのではないだろうか。


心の教育に関する市民へのアンケートで、最近の人に欠けているのは思いやりだ、という意見が一番多かったのが、これは自分に対して思いやりのある行動を示してくれる人が少ないと言う意味なんだろうなあと思う。そりゃそうだ。言われないと、席も譲ってくれないんだもん。


私なんか、なあ~んにも期待してないから、今の人たちに思いやりが欠けているとも思わないのだが、いわゆる、イライ(依頼)ザちゃんとか、イゾン(依存)ビ君にとっては、周囲の人たちが自分の思い通りに優しくしてくれないことをもって、『思いやりに欠けている』といっているような気がするのである。まったくの偏見だが。親切にされることが当たり前、で育ってきてるんだろうな。

『声をかけてくださいね』派の人々も、自分が不自由な立場になったら、きっと解ると思う。『依頼を依頼する』ことの大変さが。




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by chiyoko1960 | 2007-12-12 13:01 | 社会への一言
夕べ九時ごろのこと。マンションの外から女性の悲鳴が聞こえました。

いつもそこは若い男女が騒ぎながら通るので、ちょっと躊躇したのですが、ベランダを開けて「どうしたんですか?!」と怒鳴り、目を凝らすと、マンションの真下の暗い路地で、若い女の子がひいひい言ってました。

「大丈夫?」と尋ねると、とはいえうちはマンションの最上階(坂になっているので高さにしては六階ぐらい)なので、声の主はわからぬようでしたが、彼女は、追いかけられた、とか言ってました。

通りに面した家の、誰にでも挨拶をしてくれるおばさんが出て来てちょっと様子を見てくれましたが、女の子は多くを語れずによろよろと自分の家に帰っていきました。わかるなあ。

しかし、六十世帯はあるこのマンションの住民が、他に誰も行動を起こしていなかったのがやり切れません。声をあげるだけでも監視の効果はあるのに。

ある人の話では、外で助けを求める時には「助けて!」ではなくて「火事だ!」と叫んだ方がいい、とのこと。みんな自分のことしか考えてないんですね。


今日から、娘達のにぎやかな集団下校の声が聞こえてきたら、私はロビーまでお迎えに行く事になりました。エレベーターも廊下も、誰もいませんからね。こういうところを、悪い人は狙っているのです。


何しろ週に一度は、学校から不審者情報が来ますからね。防犯パトロールなんかあっても、その隙が狙われるもの。やはり気が抜けません。

ま、運動がてらせっせとお迎えに行きましょう。




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by chiyoko1960 | 2007-10-18 11:05 | 社会への一言
『親の育児放棄を助長する』

これは赤ちゃんポストの話ではなく、一昔前、民間の夜間保育所が誕生したときの世間(政府とマスコミ)のコメントである。

今、夜間保育についてそういう非難をする人はいない。少なくとも表立っては。

夜間保育所を開設した女性は、家に置き去りにされている子供を救いたいの一心だった。それは赤ちゃんポストを作ったお医者さんも同じだったと思う。


三歳の子供が赤ちゃんポストに置き去りにされたという話だが、育てられなくて養子に出したり、養護施設に預けたりというのは昔からあったことで、赤ちゃんポストがあってもなくても、事情を抱えて子育てを放棄せざるをえない親というのは発生するのである。

首相は『児童相談所もあるのだから、まずはそちらに行きなさい』というが、はて、わが町の児童相談所って、どこかなあ?  というのが現状ではないかしら。お役所って座って待ってるだけなんですもの。

困ったときにそばに誰もいなくて、テレビでやってた『赤ちゃんポスト』にすがるのもわかるのである。気持ちはね。

『あなたが生んだ子だから責任を持って育てなさい

こういう見解を持ちながら、一方で、女性の社会参加を! なんてやってるから子供を生まなくなってしまうんです!! 

子育てに関係のない首相が率いる政府が何を言おうと、赤ちゃんポストは賛成。預けた親にも将来子供が感謝するように願っている。


一歳児だった私を虐待した生母に対する私の今の気持ちは、


殺さないでいてくれて有難うございます。私は今幸せな家庭生活を送ってます


なのである。


ファミリーサポートをやっていると、そんなことで預けるの? と、つい思いたくなってしまうケースもある。わが町のファミリーサポートは、男女共同参画型社会作りの一環らしいが、私がこれに協力しているのは、事情のある親のために不自由を強いられる子供を救いたい、という理由からだ。

親の育児放棄だか経済的困窮だかわからないが、とにかく子供を救いたい!!

大人になってしまった親の心の教育なんてどうでもいいじゃないか。子供は国の宝、子供の命を最優先しましょう。


記者会見で非難している厚生大臣を見ながら、この人はきちんと母親業を貫徹したのかしら、と、彼女については無知な私は考えていた・・・・。



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by chiyoko1960 | 2007-05-20 06:29 | 社会への一言
従軍慰安婦とか、沖縄の強制自決とか、私は教科書ではなく一般の図書で学びました。

日本の政府として、『国は強制なんかしてませんよ~~~』と逃げの姿勢なのはまずいけど、教科書が全てではないので、現場の先生には頑張ってほしいと思います。


何しろ私が小学校のときの教科書には、邪馬台国すら載っていなかったのです(ちなみに戦後の教科書です、あしからず)。で、担任の先生は、黒板を使って、一時間かけて邪馬台国について教えてくださいました。

あれが、小学校で一番印象に残った授業だったなあ。


教科書を教えるのではなく、教科書で教える。教科書はあくまでも参考書。生徒たちが興味を持つようにもって行くのが先生の仕事。


戦争反対の意志を貫くなら、みんなが集まる場で国歌斉唱を拒む、というようなすぐにけちが付くようなやり方ではなく、教師の独壇場である教室で、

『教科書には書いてないけど、当時の政府が強制したという話もあるのよね』

とぼそっと言って、いろんな本を紹介してやるのがいいでしょう。生徒は個々の興味に応じて更なる発展学習ができます。


ところで、先日問題になったのは、高校の教科書。沖縄の集団自決がどうのこうの言う前に、受験の時期にかかるため、太平洋戦争そのものを勉強しない、そっちの方が問題です。


はっきりしている事実だけでいいから、最後までやってください。



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by chiyoko1960 | 2007-04-01 10:15 | 社会への一言
先日、旦那のスケジュールが超過密になったので、制作会社から上がった原稿を出版社に届ける、ぐらいのことはやるわよ、と燃えていた私。


何を着ていこうかな

ひざの出てないジーンズってあったかしらね

バッグはどれがいいかしら、原稿が入るサイズのあったかしら

買い物バッグじゃまずいわよね


あ、そうそう、娘の幼稚園半日なんだ。一緒に行こうかお仕事。

旦那がしばし沈黙。


『子連れかあ・・・。まあ、クライアントさんのところじゃないからいいかな

え、つれてっちゃまずいんですか。もう騒いだりするような年頃でもないし・・・。

『大きな会社はなあ。子連れでなきゃ働けないような惨めな広告会社なのか、と思われるといやだから。制作会社ぐらいならいいけどね』

要するに、ちゃんとしたところには子供を連れて行ってはいけないというのですね。働く女が子供を産みたくないはずですよ、それは。


あるデータによると、産休などの制度が整っていて収入の多い大企業の女性より、中小企業の女性のほうが子供が多いらしいんです。

少子化の原因は、制度とか収入ではない。

子育てをする女性に対する蔑視、会社で働く男よりも地位が低いとみなす考え方に、女性自身が染まっちゃっているだけなのだ。


ある雨の朝、背広姿の男性が、赤ちゃんをおんぶ紐で背中にくくりつけて、傘をさして出勤してました。そうそう、雨の日はおんぶが一番です。ベビーカーよりも安全だし。

これまで私は、きれいなスーツ着て、おんぶ紐してる女性を見たことがありません。


子供との接触が減っているのは、父親だけではなく母親もだ、という調査結果が新聞に載っていました。

女性の社会参加こそが男女平等、ってやってきたんだから当然でしょう。女性はより自由に美しく、生活臭も『めす』の部分も排除して輝きましょう、って。子供のことなんかどっかに吹っ飛んでます。子供たちがおかしくなるのは当たり前かも。

少子化対策のためにも、もっと職場に子供を! 

てことで、ラッシュ時は子連れ専用車両をつくり、会社にも託児所と授乳室を設置するようにしてはどうでしょうか。


で、結局旦那は頑張ってスケジュールをこなしてしまったので、私はまたもや『子連れ社長夫人のお通りだ』作戦を敢行できませんでした。

またの機会をお待ちしてま~す


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by chiyoko1960 | 2007-03-04 10:08 | 社会への一言

こんなのが大学生

前々から、分数のわからない大学生がいるという話は聞いていましたが、そんなやつがなんで大学に入れたんだろうと思っていました。

要するに子供が減って定員割れしてしまうので、そういうやつでも入学させないと大学が困るかららしいです。


NHK『クローズアップ現代』で、ある大学の話が取り上げられていました。とにかく学力のない学生が多いので、特別講座を開いてやって補習をしているというのです。

教官室の本棚には、中学校の英語や数学の教科書が並んでいるのです。ある学生の英語の答案用紙、受動態が全くわからない、並べ替えさえもわからないという状態。

大学を受験したということは、高校に通ってたんだよね~、中学の勉強がわからないってどういうことなんだろな~。

それでも学生獲得のために教官たちは、懇切丁寧な補習を続け、それが大学としてのサービスだ、今はアカデミックな面だけでは競争に勝てないのだ、とかおっしゃいます。

つくづく思います。学生は商品か、と。

彼らが社会に出た後のことを少しでも考えているなら、こんな過保護なサービスが学生たちのためにならないことはすぐにわかりそうなものです。中学校の勉強がわからないことが問題なのではありません。

これまで自分が、はっきり言って怠けていて、マスターできなかったことを、大学にいくような年齢になっても面倒見てもらおうという、そういう意識を助長するような大学のやり方がおかしいのです。

分数がわからなくても受動態がわからなくても社会で生きていくことはできます。仕事なんていくらでもある。学力のない人は早く社会に出て、経験や学習をつんでその道のマスターになる方が、よほど幸せな人生を送れますよ。

では、こういう手のかかる学生を、定員確保のために入学させた大学はどうすればいいのか、というと、何もしないでほおって置けばいいんです。学力がないから単位が取れません。毎年留年させて、ずっと学費を納め続けさせればいい。それが無理なら、自分にはあっていませんでしたということで退学すればいい。

そういうことを自分の力で考えさせ選択させることが、自立のための教育ではないかしら。


大学という港を出た後に、社会という大きな海が待っていること。

教育に金をかければ子供は幸せになれると思っている親たちに、気づいてほしいことです。


それにしても、元塾講師がこんなこと言ってていいんだろうか(笑)。




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by chiyoko1960 | 2007-01-28 10:28 | 社会への一言

育児情報の氾濫

久々に、少子化問題をテレビでやっていた。私はどんなに経済的支援をしても少子化に歯止めはかからないと思っているので、その番組のコメントに大賛成だ。

少子化が問題になる前だって、みんな貧しい生活の中で子供を生んで育てていた。本当に、子育てにはお金がかかるから産まないのか、というのだ。

面白いのは、団塊ジュニアが産んだ子供の数が少ないということだそうだ。普通に考えても、団塊の世代のジュニアは数が多いのだから、当然その子供の数も多少は増えそうなものである。

団塊世代の親は、子孫に生きることを教えなかった。戦争で日本の戦前の教育がすべて否定されて、料理から行儀作法まで何も子供に伝えなかったのだ。何も教わらなかった団塊世代が、親になって自分の子供に教えられるはずがない。団塊ジュニアたちは、あらゆることを巷に流れる『情報』から学ばなければならなかった。

本屋に氾濫する育児書。いろんな学者(中には育児経験もないような)がいろんな育児の仕方を肩っている。こんな雑多な情報に振り回されて育児が楽しいはずがない。むしろ不安を煽っている場合もある。団塊ジュニアの子供が少ない理由はこういう点にもあるような気がする。

私の母も戦後の混乱期を生きた人なので、家事も育児も年寄りから伝授されなかった。私も何も教わらなかった。ただ、私にとって幸せだったのは、カトリック教徒の旦那と教会に通って、そこで高齢者の皆さんからいろんなアドバイスを受けられたことだ。

自分の子供の事で何か困ったときに、身近にいるお年寄りが、『みんなそうだったからね』なんていってくださると、やはり安心するものではないだろうか。

双子を育てている知人は、子供を連れて行った病院で、医者から『もっと心にゆとりを持ちなさい』といわれたそうだ。


全く・・・。他にアドバイスの仕方ないんかい。



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by chiyoko1960 | 2006-03-18 20:02 | 社会への一言