今は無き朝日新人文学賞に応募して予選だけ通過した作品です。
読みたいと思われるものであるかどうか、
ここの読者の皆様に判断していただこうと思います。
(自分としては登場人物が大好きな奴らばかりでわりと好きです)
3名以上の方に、つまらん! と判定された時点でやめますので、それまで、どうぞお付き合い下さい。
坂 道
市が主催する教育講演会のお知らせを、娘の連絡帳袋から取り出した覚えはある。
「ないのよねえ」
信子は、この半年間でたまりにたまった小学校からのお知らせファイルを何度も確かめながら、誰に聞かせるともなく溜息交じりで呟いた。
「また、何かなくしたのか?」
自宅で会社を経営しているために朝早くi家を出る必要がなく、今朝もリビングでくつろぎながら新聞を読んでいる夫の誠が、うんざりしたような声を出して顔をあげる。
どうせ説明しても何も知りはしないくせに、妻の失態に黙っていられない性分の誠は、全身にお節介心をみなぎらせていた。早く新聞を読み終えて仕事部屋に引きこもればいいのに、と思いながら、信子は目を合わせずに答える。
「うん、教育講演会のお知らせ」
「全くだらしがないからな。おまえは」
「はいはい、すみませんね」
確かに。
誠に任されている会社経理の帳簿は訂正印だらけ、仕事でかかってきた電話の相手の名前も時に聞き忘れる信子である。いわれなくてもわかってますよと開き直りながら、彼女は何度も何度も黄ばんだ紙の束を確認した。
「誰の講演会なんだ?」
「だから、それがわからないから探してるのよ。PTAの会長さんから参加者が少ないから出てくれっていわれてさ、ほら私今年クラスの役員してるでしょ? でも気に入らない先生のお話なんか時間の無駄じゃない?」
あなたが営業に出てる間、家をやたらと空けるわけにはいかないし、といいかけて信子は口をつぐんだ。誠の反応はわかりきっている。
(お前がいてもいなくても変わらないよ)
彼女も負けてはいない。
(あら、営業中はいつも携帯の電源切ってるくせに)
お互いがお互いにとって、どれほど役に立っている夫であり妻であるかを証明するという幼稚な目的のために、2人は時折こうして朝っぱらから張り合うのである。
「誰の話でも有難く聞かなくちゃダメだろ? 大体お前は好き嫌いが激しいんだよ」
「まあね」
誠が矢継ぎ早に皮肉や嫌味を信子に向けてくるのは、夫である自分が、困っている妻のために何も力にならないと悟ったときに現れる苛立ちが原因なのだと、信子は承知している。
「お前のことだから、こんなの今更聴くまでもないわ、って捨てちゃったんじゃないのか?」
「うーん、そうかもしれない」
信子はかつて学習塾に勤めていたので、研修の一貫として教育講演会など何度も聴いてきた。その慢心ゆえに、お知らせをゴミ箱に直行させてしまった可能性は大いにある。
「確か去年、本を出したとかいってたかなあ」
「本?」
誠は目を光らせて、身を乗り出した。
彼は、著者を発掘して出版社に売り込む、出版プロデユーサーなのである。
「タイトルがわかればネットで探せるぞ」
心なしか声に喜びがこもっているのは、自分が信子の役に立てて感謝されることへの期待感が生じたせいだろう。
「それが、そういう肝心なところがわからないのよ」
「しょうがねえなあ」
舌打ちせんばかりにいうと、誠は新聞に目を戻す。
やれやれ。
彼の、あふれんばかりに豊かな親切心から発生するお節介は、ひとまず収束したようだ。
信子は、普通のサラリーマン家庭の主婦が実に羨ましい。朝旦那を送り出してしまえば、あとは何を探そうが何に困ろうが、一人で悩んで解決して納得のいく結論を出せばいいのだが、同じマンションの一室で仕事をしている夫には、彼女の午前中の行動が何もかも筒抜けなのである。
それで黙って放っておいてくれればいいものを、田舎育ちで心温かい誠は、決して困惑している妻を静かに見守っておくなどという冷静な態度にはなれない。何とか力になろうと感情的になり、逆に信子の癇に障る結果を招いているのだが、自らが何かしら役に立てたと得心するまで、皮肉や嫌味も混じった干渉を彼は諦めないのである。
煩わしいが、誠にしてみれば精一杯の努力をしようという心根の表れなので、放っておいてくれと冷たく言い放つわけにもいかない。いったところで、大人しく引き下がる彼ではないのだし。
結局お知らせは見つからなかった。
誰か委員の仲間に確かめてみようと思いつつも、昼間は連絡がつかなかったり、夜は気が付くと9時過ぎになっていたりで、電話をするチャンスを失い、誰の講演会だか不明のまま、信子は講演会に参加した。
★明日の内容
信子は講演会に出かけます。ところがその講師は・・・。
(どうぞ相手からは見えませんように)
脱獄囚のような思いで会場に入った彼女の脳裏に、
講師である坂田昇との過去がよみがえります。
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読みたいと思われるものであるかどうか、
ここの読者の皆様に判断していただこうと思います。
(自分としては登場人物が大好きな奴らばかりでわりと好きです)
3名以上の方に、つまらん! と判定された時点でやめますので、それまで、どうぞお付き合い下さい。
坂 道
市が主催する教育講演会のお知らせを、娘の連絡帳袋から取り出した覚えはある。
「ないのよねえ」
信子は、この半年間でたまりにたまった小学校からのお知らせファイルを何度も確かめながら、誰に聞かせるともなく溜息交じりで呟いた。
「また、何かなくしたのか?」
自宅で会社を経営しているために朝早くi家を出る必要がなく、今朝もリビングでくつろぎながら新聞を読んでいる夫の誠が、うんざりしたような声を出して顔をあげる。
どうせ説明しても何も知りはしないくせに、妻の失態に黙っていられない性分の誠は、全身にお節介心をみなぎらせていた。早く新聞を読み終えて仕事部屋に引きこもればいいのに、と思いながら、信子は目を合わせずに答える。
「うん、教育講演会のお知らせ」
「全くだらしがないからな。おまえは」
「はいはい、すみませんね」
確かに。
誠に任されている会社経理の帳簿は訂正印だらけ、仕事でかかってきた電話の相手の名前も時に聞き忘れる信子である。いわれなくてもわかってますよと開き直りながら、彼女は何度も何度も黄ばんだ紙の束を確認した。
「誰の講演会なんだ?」
「だから、それがわからないから探してるのよ。PTAの会長さんから参加者が少ないから出てくれっていわれてさ、ほら私今年クラスの役員してるでしょ? でも気に入らない先生のお話なんか時間の無駄じゃない?」
あなたが営業に出てる間、家をやたらと空けるわけにはいかないし、といいかけて信子は口をつぐんだ。誠の反応はわかりきっている。
(お前がいてもいなくても変わらないよ)
彼女も負けてはいない。
(あら、営業中はいつも携帯の電源切ってるくせに)
お互いがお互いにとって、どれほど役に立っている夫であり妻であるかを証明するという幼稚な目的のために、2人は時折こうして朝っぱらから張り合うのである。
「誰の話でも有難く聞かなくちゃダメだろ? 大体お前は好き嫌いが激しいんだよ」
「まあね」
誠が矢継ぎ早に皮肉や嫌味を信子に向けてくるのは、夫である自分が、困っている妻のために何も力にならないと悟ったときに現れる苛立ちが原因なのだと、信子は承知している。
「お前のことだから、こんなの今更聴くまでもないわ、って捨てちゃったんじゃないのか?」
「うーん、そうかもしれない」
信子はかつて学習塾に勤めていたので、研修の一貫として教育講演会など何度も聴いてきた。その慢心ゆえに、お知らせをゴミ箱に直行させてしまった可能性は大いにある。
「確か去年、本を出したとかいってたかなあ」
「本?」
誠は目を光らせて、身を乗り出した。
彼は、著者を発掘して出版社に売り込む、出版プロデユーサーなのである。
「タイトルがわかればネットで探せるぞ」
心なしか声に喜びがこもっているのは、自分が信子の役に立てて感謝されることへの期待感が生じたせいだろう。
「それが、そういう肝心なところがわからないのよ」
「しょうがねえなあ」
舌打ちせんばかりにいうと、誠は新聞に目を戻す。
やれやれ。
彼の、あふれんばかりに豊かな親切心から発生するお節介は、ひとまず収束したようだ。
信子は、普通のサラリーマン家庭の主婦が実に羨ましい。朝旦那を送り出してしまえば、あとは何を探そうが何に困ろうが、一人で悩んで解決して納得のいく結論を出せばいいのだが、同じマンションの一室で仕事をしている夫には、彼女の午前中の行動が何もかも筒抜けなのである。
それで黙って放っておいてくれればいいものを、田舎育ちで心温かい誠は、決して困惑している妻を静かに見守っておくなどという冷静な態度にはなれない。何とか力になろうと感情的になり、逆に信子の癇に障る結果を招いているのだが、自らが何かしら役に立てたと得心するまで、皮肉や嫌味も混じった干渉を彼は諦めないのである。
煩わしいが、誠にしてみれば精一杯の努力をしようという心根の表れなので、放っておいてくれと冷たく言い放つわけにもいかない。いったところで、大人しく引き下がる彼ではないのだし。
結局お知らせは見つからなかった。
誰か委員の仲間に確かめてみようと思いつつも、昼間は連絡がつかなかったり、夜は気が付くと9時過ぎになっていたりで、電話をするチャンスを失い、誰の講演会だか不明のまま、信子は講演会に参加した。
★明日の内容
信子は講演会に出かけます。ところがその講師は・・・。
(どうぞ相手からは見えませんように)
脱獄囚のような思いで会場に入った彼女の脳裏に、
講師である坂田昇との過去がよみがえります。
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by chiyoko1960
| 2009-10-10 19:31
| マイセルフ